家は宿でも合宿所でもねぇぞ!!! その64 
└がんばれ、がんばって描いてください
806 名前:804投稿日:2002/04/22(月) 16:59 ID:gP/dmtkZ
先々週の土曜の押し掛けについて報告させていただきます。
祖父の葬儀にやってきた、従妹Y(リア工)とその友人たちがそうでした。
2ヶ月ほど前から、祖父の具合が急に悪くなり、入院しました。
それでも1ヶ月ほどは意識もあって元気だったのですが、そのあとはもうだめで……
本人が延命処置拒否を文書にしてましたので、そういった治療も何もせずただ静かに見送りました。
両親が亡くなったあと、私のことをいちばん親身になってくれた相手だっただけに、
祖父が亡くなった前後からぼうっとしておりました。
両親が残してくれた財産も少しですがあるし、住む家もあるし、私自身は健康で働いているし、
もういい年なんですが(20代後半です)やはり骨身に応えました。

葬儀は業者を呼び、近くの斎場で行いました。
(業者は)至れり尽くせりで喪主である私は、親類やお知り合いに連絡することぐらい。
それも生前祖父がまとめておいてくれました。
なので、お通夜も葬儀のある斎場でも、ほとんどぼうっとして、ただ来る弔問の人に頭を下げていただけでした。
お骨を焼きに行き、お骨拾いができるまでまた斎場に戻って待っていました。
そのあいだに仕出しを皆で食べ、少しくつろいだ雰囲気になってました。
でも、私のそばに来る人は皆、静かに慰めて離れていってくれました。

仕出しを食べ終わったころ、制服の3人組がやってきました。
祖父とは直接血のつながりはない、母方の従妹のYでした。
「○○ねえちゃん(私のこと)、お久しぶりです」
私はまたぼうっとしてましたが、ああ、従妹のYだと認識して、
「ああ、Yちゃん、よく来てくれたね」
といいました。
Yが来る義務はないですから、祖父に別れをいいに来てくれたんだと嬉しくなったんです。
Yはぽそぽそと祖父のお悔やみを言ったあと、連れの2人を紹介しました。
「はっじめまして〜、YのツレのAでえ〜す」と1人が言いました。
低い声でしたが、まぎれもないアニメ発音、声に、私はやや呆然としました。
「○○さんてえ、Tさんですよねえ?」
私の反応にはおかまいなく、Aたちは口々に話かけてきます。
私もやってるジャンルをYたちも好きらしいです。
そのジャンルがいかに萌えか、先週のアニメがどうだったか(祖父の死でそれどころではありません)、
私の作品がいかに好きかなど、まくしたてます。
「5月も新刊出されるんですよねえ、イベント行きますからくださいねえ」
なんだか悲しみでぼうっとしてる底を、小さな爪でひっかかれたような感じがしました。
確かに新刊は出ますが友人との合同誌です。
かなり以前から決まっていた企画で、描いてる最中に祖父が倒れたのですが、
友人に迷惑はかけられないと(友人はこんな時期だから伸ばすか、いっそ無期延期でいいと言ってくれたんですが)
それだけは描き上げて渡しています。
ですが、個人誌は落としました。それにしばらくイベントには参加しないつもりです。

ですからそういったことを説明して、本は渡せないと言いました。
するとAとBはとたんに不満そうな声。
「えーっ、折角来たのに、つまんなーい」
怒りよりもこいつらは一体何を言ってるんだという不思議な気持ちで、つくづく相手を見てしまいました。
「だったら、絵、描いてください。なんだったらいまから○○さん家行って、
 書き損じでもいいから原稿もらうとか、きゃは」
気がついたら、仕出しのナプキンとそのへんのマジックを持たされていました。
「あ、○○(キャラ名)と■■がキスしてるとこお願いしまーす」
そのへんで我に返りました。
ナプキンとマジックを膝におき、
「ごめん、いまとても絵描く気にはなれないの」
いつかはまたなれるかもしれませんが、いまはとても無理です。
視界がぼやけて、ナプキンの上にぽとりと涙が落ちました。
情けないような、こんなへたれ同人でも応援してくれた祖父に申しわけないような、
そんな気分でいっぱいでした。
その上に手が重なりました。Aの手でした。
「がんばれ、がんばって描いてください」
私はまたぼうっとしていたのかもしれません。

そのとき、Yが低い悲鳴を上げました。Yの髪を誰かがつかんでいます。
叔父(Yの父)でした。
「おまえら、ちょっと来い」と叔父はYの髪を掴んでそのまま外へと引きずっていきます。
ものすごい形相でした。
A、Bも叔父のすごい剣幕に仕方なくついていきました。
それから部屋の外でYが殴られました。
叔父の押し殺した、ですが迫力ある声が聞こえました。
「葬儀に来て、喪主たる人になんてことしてるんだ」
「○○ちゃんは、たった1人の身内を亡くしたんだぞ」
「友人には帰っていただけ」
と言った声が聞こえ、Yと叔父だけ戻ってきました。
叔父はYの頭を押さえつけて、謝らせてくれました。
お別れを言いたい、○○ねえちゃんを慰めたいと言うから連れてきた。
よもや友人も来るとは思わなかったが、斎場まで来たので追い返すわけにはいかなかった。
非常識な態度をとらせてもうしわけなかった、と涙ぐんで謝られました。
私自身はそのとき怒りよりも哀しいのでいっぱいだったので、「もう、いいです」としか
言えませんでした。
実際、Yは途中から、AとBを止めてたのです。
ですが、AとBが
「何よ、あんたいつでもTさんに会えるだろうけど、私たちはいましかチャンスないのよ」
と押し切っていました。
叔父もYを殴ったり、叱ったりしたのも、実際のところAとBに対するものだったんだろう、
とあとから思いました。

葬儀は無事終りましたが、49日があり、7日ごとに読経をあげてもらうので、私は5月のイベントは行きません。
ですが、AとBからははじけた内容のメールが来ました。
どうやら遊びに来るつもりのようです。
ようやく怒る気力は出てきたものの、返事する気力はなかったので、叔父にメールを見せ、
そちらで対応してもらうことにしました。
が、叔父の反応からするに、どうも効果がないようです。 
もし、もう一度メールが来たら、財産管理している弁護士さんに出てきてもらって、
学校と教育委員会と向こうの親に圧力かけてもらうつもりです。
もしほんとうにやって来たら、即警察で、対応も弁護士まかせ、
処分は厳しいものにしてもらうつもりです←厨でごめんなさい。
でも、長引くようなことは絶対したくないし、警察にお世話になって
神経すりへらすようなこともしたくないのです。
 
気分の重くなるような報告でごめんなさい。でも書けてすっきりました。


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